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第10回「『二水記』を読む会」を平安神宮で開催しました。
令和8年2月19日、第10回「『二水記』を読む会」を平安神宮で開催しました(協賛:弁護士法人SACI京都支部・四条烏丸法律事務所)。 出席者:下坂守様(講師)、鷲尾隆久様(平安神宮宮司)、太田達様( 有職菓子御調進所老松)、 米澤洋子様(京都橘大学)、寳光井英彦様(祇園信仰研究会)、 西山剛様(京都府京都文化博物館)、山科言親様(衣紋道山科流)。書記・北原 理咲子(京都大学大学院文学研究科修士)。 (結果概要) 前回の続き、永正元年(1504)6月の記録から見ていく。 ○北野社法楽 —永正元年6月25日— この日、宮中において聖廟法楽として連歌会および当座歌会が催された。聖廟とは北野社、すなわち現在の北野天満宮を指し、毎月25日は天神の縁日であった。連歌会で執筆を務めた高辻章長は菅原氏の出であるが、菅原道真への奉納という儀礼の性格上、同氏の者が選ばれたのであろうか。参加者の出自を見ると、東坊城家は菅原氏、三条西家・下冷泉家・万里小路家は藤原氏、田向家・綾小路家は源氏である。とくに三条西家・下冷泉家は和歌の家として知られ、学識をもって列席していたも
2月19日読了時間: 3分
第8回「『二水記』を読む会」を平安神宮で開催しました。
令和7年12月2日、第10回「『二水記』を読む会」を平安神宮で開催しました(協賛:弁護士法人SACI京都支部・四条烏丸法律事務所)。 出席者:下坂守様(講師)、鷲尾隆久様(平安神宮宮司)、米澤洋子様(京都橘大学)、寳光井英彦様(祇園信仰研究会)、 西山剛様(京都府京都文化博物館)、山科言親様(衣紋道山科流)。書記・北原 理咲子(京都大学大学院文学研究科修士)。 (結果概要)『二水記』を読む会 第8回概要 前回の続き、永正元年(1504)6月の記録から見ていく。 ○賀茂より帰宅 —永正元年6月1日— この日、隆康は賀茂より帰宅している。5月27日に賀茂社および貴船社へ参詣していることから、数日間賀茂の辺りに滞在していたのだろう。ここでいう賀茂社は、現在の上賀茂神社を指すと考えられる。 ・賀茂社と貴船社の関係 当時すでに上賀茂神社と下鴨神社は明確に区別されており、前者は「賀茂」社、後者は「鴨」社、あるいは「糺(ただす)」社と表記されていた。 貴船社はもともと貴船地域の地主神として独立した社であったが、寛仁元年(1017)以前には賀茂社の末社となってい
2025年12月2日読了時間: 5分
第7回「『二水記』を読む会」を平安神宮で開催しました。
令和7年11月3日、第7回「『二水記』を読む会」を平安神宮で開催しました(協賛:弁護士法人SACI京都支部・四条烏丸法律事務所)。 出席者:下坂守様(講師)、鷲尾隆久様(平安神宮宮司)、米澤洋子様(京都橘大学)、寳光井英彦様(祇園信仰研究会)、 西山剛様(京都府京都文化博物館)、山科言親様(衣紋道山科流)。書記・北原 理咲子(京都大学大学院文学研究科修士)。 (結果概要)『二水記』を読む会 第7回概要 前回の続き、永正元年(1504)4月の記録から見ていく。 ○賀茂祭 —永正元年4月25日— この日は賀茂祭である。賀茂祭は賀茂社(現在の上賀茂神社・下鴨神社)の例祭で、「葵祭」とも称される。現在の祭日は5月15日となっているが、近代に入るまでは4月の2番目の酉の日と定められていた。記事からは、宮中において酒宴が催されていたものの、祭礼そのものの儀式は実施されていなかったと考えられる。また、「為常御所堂上歌」との記述が見えるが、常御所は堂上家にのみ昇殿が許される空間であり、この点に記主である隆康の身分意識を読み取ることができる。経済的に恵まれた状況で
2025年11月3日読了時間: 3分
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